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2016年4月28日木曜日

三世・三界・三世間

まぎらわしいので、整理しときます。

ちなみに、三世界とは、仏教用語ではないみたいです。

2016年4月22日金曜日

仏の三十二相

以下は、いわゆる、仏の三十二相です。
無量義経の徳行品に出てきます。

釈尊の完全な人格への賛嘆を示しているとされています。
仏像は、まさにそのような形になっていますね。

  1. 額にある月のような渦毛
  2. 項(うなじ)に日の光あり
  3. 渦巻く頭髪は紺青色
  4. 頭上は高く盛り上がっている
  5. 澄み切った鏡のような清らかな眼
  6. その眼は上下にまじろぎ
  7. 紺色の眉はのびのびとし
  8. 口や頬は正しく整い
  9. 唇は赤い花のよう
  10. 舌もおなじく
  11. 歯は、雪のように白く
  12. 40本きちんとそろって
  13. 額は広く
  14. 鼻長く
  15. 顔全体がひろびろとして晴れやかで
  16. 胸には卍が表れ
  17. 上部は獅子の胸のように張って
  18. 手も足も柔らかで
  19. そして車の輪ような紋ある
  20. 脇の下と掌に細い線が揃っていて
  21. それが内外ともにまとまっている
  22. 上腕はながく
  23. 下腕もながく
  24. 指はまっすぐで細く
  25. 皮膚はキメ細やかで柔らかく
  26. 毛はすべて右のほうに渦巻いている
  27. 踝はよく現れて形がいい
  28. 膝も同様
  29. 陰部は隠れていて見えず
  30. 筋は細く
  31. 骨はがっしりしていて
  32. 脚は鹿のようにすらりとしている

補足:
額にある月のような渦毛のことを白毫相(びゃくごうそう)といい、非常に徳の優れたしるし。
項(うなじ)に日の光ありは、後光ともいい、非常に徳の優れたしるし(もしかしてオーラ?)。
卍(万字)は、仏教のしるし。四方が円満に揃っている意味。

2016年4月13日水曜日

サッダルマ・プンダリーカ・スートラ

法華経こと『妙法蓮華経』は、サンスクリット(梵語)でサッダルマ・プンダリーカ・スートラといいます。

  • サッダルマとは、サット(正しい)とダルマ(法)が合わさったもので、そのまま正法を訳した人ともいますが、鳩摩羅什は『妙法』と訳しました。
  • プンダリーカとは、白い蓮の華で、そのまま『蓮華』と訳されました。
  • スートラとは、通し糸で、漢字での縦糸を表す『経』と訳されました。

妙法蓮華経の『従地涌出品 第十五』に以下の偈があります。
『善く菩薩の道を学して、世間の法に染まざること蓮華の水の在るが如し』
つまり、法華経は、正しい法を学して、それに沿っていれば、泥水にも染まらず、いつも清らかな白い蓮華のようにいられる…という意味になると思います。

2016年4月12日火曜日

阿鼻地獄(あびじごく)と阿迦尼タ天(あかにたてん)

法華経の序品に、無量義を説いた後、三昧に入っていたお釈迦さまが、『眉間の白毫相(びゃくごうそう)より光を放ち、その光が、下は阿鼻地獄(あびじごく)、上は阿迦尼タ天(あかにたてん)に至る』というクダリがあります。

  • 阿鼻地獄は無間地獄ともいい、人間のあり方における最低の状態(地獄界)です。
  • 阿迦尼タ天は有頂天ともいい、人間のあり方における最高の状態(天上界)です。

つまり、光は『仏の智慧』の象徴で、それが、どのような状態の人間にでも行き届きました。
そして、このことがどいうことか、疑問に思った弥勒菩薩が文殊菩薩に教えを請いました。
そう、法華経のはじまりです。つづく…。

2016年4月10日日曜日

慈悲と智慧

まずは、おさらいです。
  • 慈悲の慈とは、慈しみ与え幸福にしてあげること。
  • 慈悲の悲とは、悲しみを取り除いてあげること。
  • 智慧の智とは、すべての物事の違いを見分ける力。
  • 智慧の慧とは、すべての物事の共通を見いだす力。
そして、弥勒菩薩は慈悲の象徴の菩薩で、文殊菩薩は智慧の象徴の菩薩です。
『疑問に思った弥勒菩薩が文殊菩薩に教え請いました。』
ということは、『慈悲』が『智慧』に呼びかけたということになります。
『慈悲』の呼びかけに応じて『智慧』が発動するのです。

菩薩行とは、相手を救ってあげたいという、やむにやまれぬ慈悲の心です。
ところが、慈悲だけではダメで、そこには智慧がともなわないといけません。
慈悲と智慧がそろってはじめて、正しい導きができるのです。

2016年4月9日土曜日

三昧とは

普通、三昧とは、遊び三昧とか温泉三昧とかで、楽しいことをずーっとやっている意味で使われます。
また、無念無想になる行のように思う人もいるかも知れません。

しかし、仏教でいう三昧とは、そのようなものではなく、一切の雑念を断ち切り、<善き思い>と<正しい教え>に<全精神を集中>し、
その一念が長い間切れ目なくつづいている状態を言うのです。
瞑想とか思索と違うところは、『<善き思い>と<正しい教え>に<全精神を集中>』というところです。

<善き思い>とは、徳のことです。
<正しい教え>とは、法のことです。

そして、<全精神を集中>とは、表面の心だけでなく、潜在意識までも、徳と法をしみこませることなです。
徳と法が沢山しみ込んだ人格こそ、仏教徒の目指すところなのです。

とにかく、三昧とは、一切の雑念を断ち切り『<善き思い>と<正しい教え>に<全精神を集中>』することなのです!

2016年4月7日木曜日

法華経の教え

法華経の教えとは
悟ればこの身がすなわち仏であり、みんなが悟ればすなわちこの世が寂光土であるという教えです。
仏はわれわれの心のなかにある、極楽はわれわれの日常生活のなかにあるという教えなのです。
『新釈 法華三部経十巻』(著:庭野日敬 佼成出版社) より


ごく身近な心の中と日常生活の中にあるとは、まさにその通り、素晴らしい気づきだ!

2016年4月6日水曜日

仏の十号

法華経には、釈尊を始めとして沢山の仏さまが登場します。
過去の日月燈明仏等や弟子達の未来仏、そして他の惑星の仏さま達……。

登場するたびに、仏の十号という尊称で紹介されます
  1. 如来(にょらい)- 真如(ほぼ真理と同じ)から来た人
  2. 応供(おうぐ)- 供養を受けるに相応しい人
  3. 正偏知(しょうへんち)- 正しい智慧を具えた人
  4. 明行足(みょうぎょうそく)- 智慧(明)と実践(行)が満ち足りている人
  5. 善逝(ぜんぜい)- 迷いを完全にのぞきさってしまった人
  6. 世間解(せけんげ)- 世間をはっきり見分けることができる人
  7. 無上士(むじょうじ)- この上もないりっぱな人
  8. 調御丈夫(じょうごじょうぶ)- どんな人でも教えに導くことが出来る人
  9. 天人師(てんにんし)- 天上界と人間界の大導師の人
  10. 仏世尊(ぶつせそん)- 悟ったことにより世の中で尊重される人
ということで、仏の十号でした。

2016年4月5日火曜日

四顛倒(してんどう)

顛倒とは、物事を逆さまに見ること、すなわち真相を見誤ることです。
普通の人(凡夫)には4つの顛倒があると、仏教では云われています。
  • 常顛倒 - 本来は無常(変化)であるのに、常(変化しない)と考える。
  • 楽顛倒 - もともとは苦であるものを、一時的な現象だけで楽と考える。
  • 淨顛倒 - 不浄なるものを、表面だけを見て淨と考える。
  • 我顛倒 - 世の中は助け合って成り立っているものを、自分の力だけだと考える。

人は追い込まれると、まさに四顛倒になりますね。
余裕をもって四顛倒にならないようにいきましょう。

2016年4月3日日曜日

『劫』という時間の長さ

お経には、『劫(こう)』という時間の単位がよく登場します。
では、『劫』という時間の長さはどれぐらいでしょうか?
お釈迦さまは以下の様に、おっしゃたそうです。

『たとえば、広さ40里もある石の山があって、その頂きを100年に一度ずつ柔らかい衣の袖で撫でることによって、
石の山がすこしずつ磨れてゆき、すっかり磨れてしまうまでの年数よりも、劫というのはもっと長い時間である』

いや~どんだけ、長いんや~。
ちなみに、1里は約3.9キロメートルです。

2016年4月1日金曜日

さとりの境地

さとりの境地をまとめてみました。
  1. 1.なん法 - 仏法にふれて暖かく傍にいたいと思う境地。
  2. 2.頂法 - 仏法の尊さはやや認識できたけど、あやふやな境地。
  3. 3.忍法 - 仏法の尊さがはっきり認識できた境地。
  4. 4.世第一法 - 仏法が世の教えの中で第一であると確固たる境地。
  5. 5.須陀おん果 - 仏道の流れに乗った信仰状態の境地。
  6. 6.斯陀ごん果 - まだ迷いのある凡夫へ戻る可能性のある信仰状態の境地。
  7. 7.阿那ごん果 - もう凡夫へ戻る可能性のない信仰状態の境地。
  8. 8.阿羅かん果 - まよいのない境地、声聞の最高の境地。
  9. 9.辟支仏 - 縁覚ともいい、生活体験によって仏の道を会得している状態の境地。
  10. 10.第一地:歓喜地 - 二空の理を会得して大歓喜している境地。
  11. 11.第二地:離垢地 - 煩悩(垢)からすっかり離れた境地。
  12. 12.第三地:発光地 - 人格から光を発する境地。
  13. 13.第四地:焔慧地 - 焔(ほのう)のような智慧をもった境地。
  14. 14.第五地:極難勝地 - 言う事、なす事がすべて仏道と一致してくる境地。
  15. 15.第六地:現前地 - すべての人が平等であると現実に目の前に見えてくる境地。
  16. 16.第七地:遠行地 - 声聞・縁覚のさとりから遠く離れて、仏に近くなった境地。
  17. 17.第八地:不動地 - 仏の境界に達する資格が不動になった境地。
  18. 18.第九地:善慧地 - どんな人でもかならず救えることが出来るようになった境地。
  19. 19.第十地:法雲地 - 大雲が空を覆うように仏法でありとあらゆる人を救う境地。
1から4は、仏教入門の人の境地
5から8は、いわゆる声聞といわれる人の境地
9は、いわゆる縁覚といわれる人の境地
10から19は菩薩といわれる人の境地
う~ん、私は、4~5の中間ぐらいかな、まだまだ、先は長い……。