『一般的には、「一」には真理という意味はありません、しかし、法華経観では、すべての人は一つの乗り物(一乗)に乗っているいう真理があり、そこから「一」イコール「真理」となる』
と説明がありました。
つまり、正しいとは、真理が止まること、言い換えれば、真理がある状態らしい・・・。
正しい生活、正しい行い、正しい論理、正しい・・・は、真理がやどる・・・。
『一般的には、「一」には真理という意味はありません、しかし、法華経観では、すべての人は一つの乗り物(一乗)に乗っているいう真理があり、そこから「一」イコール「真理」となる』
と説明がありました。
『もうとっくにバスが来ている時間なのに、なんで来ないんだぁ!こんな時刻表などいるもんか!捨てちまえ!』
すると、連れ合いのおばあさんが言いました。
『おじいさんや、その時刻表がないと、バスがどれだけ遅れたかわかりませんよ・・・』
『人助けが出来てよかったですね。悩みに悩んだ人ほど・・・真理のすぐ傍にいるものです・・・。』
ん〜さすが・・・
ちなみに、『とある先生』とは、立正佼成会開祖の庭野日敬氏で、『とある人は』当時、佼成出版社の記者で、かつて三鷹教会長の岡部さんです。
『良いご縁を作ることです。』
爾の時に釈提桓因、其の眷属二万の天子と倶なり。
みょう牛(ご)の尾を愛するが如し
法華経法師品第十に「高原穿鑿(せんしゃく)の譬え」というくだりがあります。
薬王、譬えば人あって、渇乏(かつほう)して水を須(もち)いんとして、彼の高原に於いて、穿鑿(せんしゃく)して之(これ)を求むるに、猶お乾(かわ)ける土を見ては、水尚遠しと知る。功(く)を施すこと已(や)まずして、転(うた)た湿(うるお)える土を見、遂に漸く泥に至りぬれば、其の心決定して、水必ず近しと知らんが如く、菩薩も亦(また)復(また)是(かく)の如し。
水のない高原に井戸を掘るのは、現実の苦しみから逃れようという救いをもとめる努力の譬えです。
掘り初めのうちは、絶望感を感じますが、しだいに水気をたっぷり含んだ土にぶつかるのです。
この土こそ、真実の教え「法華経」なのです。
その「法華経」を得て、さらに掘りつづけていくことが、「菩薩行」にほかなりません。
衆生を哀愍し願って此の間に生れ、広く妙法華経を演べ分別するなり。
自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、
大道を体解して、無上意を発さん。
自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、
深く経蔵に入って、智慧海のごとくならん。
自ら僧に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、
大衆を統理して、一切無げならん。
自ら仏に帰依したてまつる。
自ら法に帰依したてまつる。
自ら僧に帰依したてまつる。
今此の三界は。皆是れ我が有なり。其の中の衆生は。悉く吾が子なり。而も今此の処は。諸の患難多し。唯我れ一人のみ。能く救護を為す。
「正しい行いを続けていくと、善い縁が沢山できて、善い結果が生じ、世界が大調和し、みんなが幸せになる」
諸仏世尊は、衆生をして仏知見を開かしめ清浄なるを得せしめんと欲するが故に、世に出現したもう。
衆生に仏知見を示さんと欲するが故に、世に出現したもう。
衆生をして仏知見を悟らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。
衆生をして仏知見の道に入らしめんと欲するが故に、世に出現したもう。
舎利弗、是れを諸仏は唯一大事の因縁を以っての故に、世に出現したもうとなづく。
まぎらわしいので、整理しときます。
* 前世:過去
* 現世:現在
* 来世:未来
* 欲界:淫欲と食欲に支配され、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天人の六道が住む世界
* 色界:欲望は離れているが物質的条件にとらわれた世界
* 無色界:物質的なものから完全に離れた精神的条件だけをもつ世界
* 仮名(けみょう):生命のあるもの、衆生世間とも呼ばれる
* 国土(こくど):山河大地など、住んでいる場所を指す
* 五蘊(ごうん):人間(心や身体)や世界を構成している構成要素
* 第一世界:資本主義先進国
* 第二世界:社会主義諸国
* 第三世界:いずれにも属さない発展途上国の総称
- 額にある月のような渦毛
- 項(うなじ)に日の光あり
- 渦巻く頭髪は紺青色
- 頭上は高く盛り上がっている
- 澄み切った鏡のような清らかな眼
- その眼は上下にまじろぎ
- 紺色の眉はのびのびとし
- 口や頬は正しく整い
- 唇は赤い花のよう
- 舌もおなじく
- 歯は、雪のように白く
- 40本きちんとそろって
- 額は広く
- 鼻長く
- 顔全体がひろびろとして晴れやかで
- 胸には卍が表れ
- 上部は獅子の胸のように張って
- 手も足も柔らかで
- そして車の輪ような紋ある
- 脇の下と掌に細い線が揃っていて
- それが内外ともにまとまっている
- 上腕はながく
- 下腕もながく
- 指はまっすぐで細く
- 皮膚はキメ細やかで柔らかく
- 毛はすべて右のほうに渦巻いている
- 踝はよく現れて形がいい
- 膝も同様
- 陰部は隠れていて見えず
- 筋は細く
- 骨はがっしりしていて
- 脚は鹿のようにすらりとしている
額にある月のような渦毛のことを白毫相(びゃくごうそう)といい、非常に徳の優れたしるし。
項(うなじ)に日の光ありは、後光ともいい、非常に徳の優れたしるし(もしかしてオーラ?)。
卍(万字)は、仏教のしるし。四方が円満に揃っている意味。
『善く菩薩の道を学して、世間の法に染まざること蓮華の水の在るが如し』
阿鼻地獄は無間地獄ともいい、人間のあり方における最低の状態(地獄界)です。
阿迦尼タ天は有頂天ともいい、人間のあり方における最高の状態(天上界)です。
つまり、光は『仏の智慧』の象徴で、それが、どのような状態の人間にでも行き届きました。