2025年4月30日水曜日

空(クウ)とは?


 

色即是空とか空即是色といった言葉をよく目にします。 この空(クウ)は、一般的な意味は空『カラッポ』という意味です。
 
しかし、仏教で云う空とは、全く反対の『実体』と云うことなのです。
 
空の原語である梵語のシャーニャは、『脹らむもの』と云う意味だそうです。
 
『脹らむもの』とは、エネルギーの象徴です。
 
生きて、動いて、働いて、ものごとを作り出すエネルギー、それが空の真の意味なのです。
 
『実体』と『エネルギー』は一見矛盾すると思いますが、現代物理学では、究極の物質(実体)はエネルギーだそうです。 だから、矛盾していないのです。
 
究極の物質が『空』であると云う事は、容易にこの宇宙の実体が『空』であるということにたどり着きます。 
 
また、人間も宇宙の生成物の一つである以上、『空』なのです。
 
したがって、人間の本質は、生きて、動いて、働いて、ものごとを作り出すエネルギーで、すべての人間は、同じ『空』なのです。 

つまり、人間は、何かを創造することが本質で、すべての人間は、平等に空に生かされている兄弟姉妹なのです。 
 
だからこそ、大調和のある世界を兄弟姉妹で創造することが、『空』の最終形態なのかなと思う次第です。
 
と、私の今のレベルでの空の理解でした。"違うぞ!"、という方、ご指導よろしくお願いいたします。

2025年4月29日火曜日

燈明日記ブログ: 脳と指がバグる〜

燈明日記ブログ: 脳と指がバグる〜:   毎日毎日、タイピングランドとmikanテストをやっていますが・・・ この2つ、正しさとスピードを要求します。 毎日やっているので、常に前進(ラップタイムアップ)すると思いますが、結構、後退して気がめげる日々が多いです。 とにかく、タイピングランドとmikanテストは、瞬時に行...

初転法輪

 


初転法輪とは、今から約2500年前、釈尊がお悟りを開いた後に、以下の5人へ、鹿野苑(インドのベナレス)で、初めて説法をされたこと云います。 
 
  • 嬌陳如(きょうじんにょ)
  • 跋提(ばつだい)
  • 婆沙波(ばしゃば)
  • 摩訶那摩(まかなま)
  • 阿説示(あせつじ)
 

ちなにみ、初転とは、はじめて転がすことで、法輪とは、法の車輪を転がすことです。(古代インドでは、りっぱな王には、巨大な車輪が授けられた)
 
 
第一声は以下でした。
『比丘たちよ。この世には近づいてはならぬ2つの極端がある。
如来は、この2つの極端を捨て、中道を悟ったのである』

 

そのあと、四諦八正道の教えが説かれたとのことです。

また、仏、法、僧がはじめてそろった、つまり、仏教が誕生した記念すべきイベントが初転法輪なのです。

2025年4月28日月曜日

三帰依文


三帰依文とは、仏教徒なら毎日お経を上げる前に必ず唱える例の決まり文句です。


  • 自ら仏に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大道を体解して、無上意を発さん。
  • 自ら法に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、深く経蔵に入って、智慧海のごとくならん。 
  • 自ら僧に帰依したてまつる。まさに願わくは衆生とともに、大衆を統理して、一切無げならん。


意味は、「仏(仏さま)・法(真理)・僧(仏の仲間)を全身全霊で信じきり、拝みきって、心のよいどころに致します。」ということらしい。

 

では、なぜいきなり、三帰依文かというと・・・。


それは、先日、三身一体でお話した「応身・法身・報身」が、もしかしたら、「仏・法・僧」のことではないか・・・と、ふと思ったのです。っていうか、報身がイマイチ理解できなくて、そこに「仏・法・僧」の「僧」が、飛び込んできたのです。つまり・・・

        応身 = 仏
        法身 = 法
        報身 = 僧

 

ということで、報身とは、法華経を行ずる我々自身だということに気づかせて頂きました。


そして、他人からいわれるのでなく、自ら「仏・法・僧」を全身全霊で信じきり、拝みきる・・・。私は、いつになったら、その境地になれるのでしょうか・・・。

2025年4月27日日曜日

三身一体(法身・応身・報身)

 



三位一体では、ありません、こちらは、キリスト教でのお祈りの言葉で「父と子と聖霊の名のもとに・・・」であり、父とは神であり、子とはイエスのことであり、聖霊とは信仰の証のことです。
 

さて、三身一体とは、以下のように仏教での三身の仏のことをいい、そして、三身だけど実は一体なのだという教えです。

  • 法身 - 法華経では、多宝如来として表されている究極的な真理(仏さまの本体)をいいます。
  • 応身 - 究極的な真理を衆生にお示しになるために、人としてこの世に生まれた釈迦如来をいいます。
  • 報身 - 浄土宗でいう阿弥陀如来などのことで、修行の報いによって仏になられた信仰の証をいいます。


そう、三位一体とほぼ一緒と言おうか、これは、もう同じでしょう・・・。やはり、仏教もキリスト教も根本では、同じ説を信じます。

2025年4月26日土曜日

衣座室(えざしつ)の三軌

 


以前、法華経の勉強会に行って、法師品第十を主に勉強してきました。で、心に残った『衣座室(えざしつ)の三軌』をお分けいたします。
これは、法華経を説く時の三つの心構え(ルール)です。

 

まずは、法師品第十からの引用です。

如来の室に入り如来の衣を著如来の座に坐して、爾して乃し四衆の為に広く斯の経を説くべし。
如来の室とは一切衆生の中の大慈悲心是れなり。
如来の衣とは柔和忍辱の心是れなり。
如来の座とは一切法空是れなり。
是の中に安住して、然して後に不懈怠の心を以て、諸の菩薩及び四衆の為に、広く是の法華経を説くべし。

 ちなみに、「四衆」とは僧、尼、信男、信女の仏教信者をいいます。 


以下は、『衣座室(えざしつ)の三軌』と言います。

  • 如来の室(大慈悲心是れなり)ー 大きな喜びをあたえ、大きな苦しみをも取り除いてあげようとする心。
  • 如来の衣(柔和忍辱の心是れなり)ー やさしくおだやかで、種々の侮辱や苦しみを耐え忍び、心を動かさないこと。
  • 如来の座(一切法空是れなり)ー すべての人は、仏の子(同根同胞)であり、すべての教えは、平等に受け止められ、生きるエネルギーになる。



とある教団で、とある開祖さまが、ナンバー2の人を担いだグループから邪険にされた時代がありました。
しかし、とある開祖さまは、そのグループをまったく咎めなかったのです。
のちに、とある開祖さまが、この時の心境をインタビューされたとき、以下のようにおっしゃいました。

 

そのグループの人達は、私の可愛い子供達(仏の子)ですからね。出来の悪い子供ほど可愛いものです。 

 

開祖さまは、まさに、『衣座室の三軌』を実践したといえるでしょう・・・。すごい。

2025年4月25日金曜日

四弘誓願(しぐせいがん)

 


先の「法華経 従地涌出品 第十五」で、他の世界からやって来た菩薩達が、仏の滅後に娑婆世界にとどまってこの法華経を広めたいと申し出たのを、きっぱりとお釈迦さまは、お断りになったとたん、突然地面の中から涌き出した四大菩薩(上行菩薩・無辺行菩薩・浄行菩薩・安立行菩薩)等は、どのような意味があるのでしょうか。


実は、この四大菩薩は、菩薩としての四つの大誓願を代表しておられるのです。これを四弘誓願といいます。

  • 安立行(衆生無辺誓願度)- 衆生の数は無辺であろうとも、すべてもれなくお救いしようという誓願。
  • 浄行(煩悩無数誓願断)- 煩悩の数は無数であろうとも、かならずすべてを断ち切ろうという誓願。
  • 無辺行(法門無尽誓願学)- 仏の教えは無尽であろうとも、かならず学びつくそうという誓願。
  • 上行(仏道無上誓願成) - 仏の道は無上であろうとも、かならず成就しようという誓願。
 
まず、娑婆世界の地から涌き出したということは、娑婆世界の住民であるわれわれが、自らこの世界を法華経(正しい教え)によって、平和をつくりださねばならない、という力強い意味があります。

また、菩薩の名前に「行」が付いているのは、まさに「この世界を法華経(正しい教え)によって平和を作りださねばならない」という「行」そのものなのです。そして、その「行」は、四弘誓願の実践とイコールらしい。

2025年4月24日木曜日

燈明日記ブログ: 正確さと速さ

燈明日記ブログ: 正確さと速さ:   毎日毎日、TypingLandとmikanをやっていますが、いくらやっても、上位に入れません。 タイピングも英単語早押し解答も、正確さはもちろん、尋常ではないスピードで行わないとなりません。 なので、上位の人は、とにかく凄い人達なのです。   タイピングスピード は、私の場合...

知恵と智慧


 
「知恵」と「智慧」について調べてみました。
 
「知恵」は、秀逸なアイデアが出る人や物事の判断が素早く正確な人などを知恵のある人と言いますね。

一方、「智慧」というのは、真実がどのようなものかを探る頭の働きです。

まとめると、

  • 知恵の知とは、文字通り知ること。
  • 知恵の恵とは、めぐみやめぐむこと。
  • 智慧の智とは、すべての物事の違いを見分ける力。
  • 智慧の慧とは、すべての物事の共通を見いだす力。

 です。


例えば、AとBがあって、AとBを知って、それを教え恵むことが知恵で、AとBとの違いや共通点を見い出すことが智慧なのかな・・・

 

一般的には「知恵」を使いますが、宗教的には「智慧」を使う場合が多いですね。

2025年4月23日水曜日

慈悲の心とは・・・

 


慈悲の慈とは、梵語のマイトレーヤの訳で「最高の友情」という意味があるそうです。
で、そこから転じて、「与楽の心」だと言われます。
 
慈悲の悲とは、梵語のカルナーの訳で「苦しんでいる人の声をきいて共感してあげる」という意味があるそうです。で、そこから転じて、「抜苦の心」だと言われます。
 
また、法華経では、すべての人が平等であると説いていますが、人生にはいろいろと苦と楽にアンバランスが生じ、不平等が生じます。
 
そして、不平等が生じたときに、ほとんど無意識にその不平等を均して平等に返そうとする気持ち、どうしてもそれをぜすにはいられなくなる気持ちを・・・、慈悲の心と言うらしい・・・。

2025年4月22日火曜日

四無量心(慈・悲・喜・捨)


 
ふつう、人は、幸せになりたい。
なるべく悲しい思いはしたくない。
自分だけの喜びをもちたい。
自分の大切なものは捨てたくない。
 
と、まぁ思うものです。そう、これがごく普通です・・・。
しかし、約2500年前のとあるお方は、
 
  • 自分でなく人を幸せにしてあげたい(慈)
  • 人の苦しみを取り除いてあげたい(悲 )
  • 人の喜びを一緒に喜んであげたい(喜)
  • 愛憎、好悪の心を捨てて、平等にしてあげたい(
 
を実践したそうです。
 
 
ふつうの人のは、無意識で人間の本能と言えるのに対して・・・、とあるお方のは、全く逆で、意識的で、それを実行するために常に修行という努力が必要でした。
 
種明かし、そう、とあるお方は、ブッダこと仏さまのことであり、また、『慈・悲・喜・捨』の4つを仏教用語で『四無量心』といいます。
 
つまり、ブッダの教え、仏教は、『四無量心』の実践といえます。また、法華経そのものともいえますね・・・。
 
さあ、あなたも、いつまでも本能まま生きるのではなく、『四無量心』を実践してみては・・・。と、誰にともなく・・・と、言ってみる(^^;;

2025年4月21日月曜日

燈明日記ブログ: 私の日課

燈明日記ブログ: 私の日課:   仕事もしながら、毎日、以下をやっています。 我ながら、凄いと思う(^^;; もう、日課をこなすために生きているようなものです・・・(^^;;  あと、5月からは、 picoちゃん(孫)の土曜日子守り も加わります(^o^) オレ、大丈夫か・・・   タイピング練習 自宅 タイ...

十二因縁

 


十二因縁とは、正しいものの見方を知らないと(無明の状態だと)、12個の因縁よって、不幸な一生になってしまいますよって教えです。
 
逆に云えば、正しいものの見方、正しい生き方で、真理に沿って生きていけば、幸せになれますよって教えです。 
 
  1. 無明 - 生まれてくる前の状態で、正しいものの見方を知らない無知の状態です。
  2. 行 - 無明よる業が、両親の行為を縁として母親の胎内に宿ります。
  3. 識 - 生けるものとしての誕生です。
  4. 名色 - 名は無形のもので「心」表し、色は有形のもので「体」を表します。
  5. 六入 - 名色が発達してくると、「眼」「耳」「鼻」「舌」「触覚」「第六感」がはっきりしてきます。
  6. 触 - 六入が発達して、触ることにより、自然にものごとを見分ける力が出てきます。
  7. 受 - すると、好き嫌いの感情が起こるようになります。これを「受」と云います。
  8. 愛 - 「受」が起これば、当然の流れとして「愛」が生まれます。この場合の「愛」は愛着や執着のことです。
  9. 取 - 「愛」が起これば、当然の流れとして愛するものを欲しかる「取」が生まれます。この場合の「取」は所有欲のことです。
  10. 有 - 所有欲から差別心が生まれることを「有」と云います。
  11. 生 - 差別心から争いが生じ、苦しい人生展開になることを「生」と云います。
  12. 老死 - 思い通りにならない苦しい人生を送っているうちに、老い、ついに死がやってきます。
 
思い通りにならない苦しい人生だからこそ、魂の成長する絶好のチャンスです。頑張りましょう!(だれにともなく・・・自分も含めて・・・)

補足:十二因縁は、ここに上げた以外にも違う解釈があるようです・・・

2025年4月20日日曜日

十如是(じゅうにょぜ)

 


十如是の如是は、「このように」とか「あるがままのすがた」という意味です。では、各々説明いたしましょう。 

 

  1. 如是相 - あらゆる存在には、必ず持ち前のすがた(相)があります。
  2. 如是性 - (相)あるものには、それにふさわしい持ち前の性質(性)があります。
  3. 如是体 - (性)あるものには、それそのものの主体(体)があります。
  4. 如是力 - (体)あるものには、かならずそれにふさわしい(力)をもっています。
  5. 如是作 - (力)あるものには、かならずいろいろな作用(作)をおこします。
  6. 如是因 - (作)を起こせば、そこに、原因(因)が生じます。
  7. 如是縁 - いろいろな原因(因)がいろいろな条件(縁)で出会います。
  8. 如是果 - すると、いろいろな結果(果)でることになります。
  9. 如是報 - 結果(果)がでれば、あとに必ず何か(報)を残します。
  10. 如是本末究境等 - そして、これら9つ(本末)は、つまるところ(究境)、等しいものである。

 

と、いう教えです。つまり、『因縁果報』そのもので、諸法実相とも云い、そして、『法華経の神髄』で述べた半分の部分です。

 

2025年4月19日土曜日

八正道

 


八正道とは、苦を消滅させる八つの正しい道。尚、ここで云う「正しい」は、真理にあっているという意味です。 
 
  1. 正見 - 正しくものごと見る。
  2. 正思 - 正しく考える。
  3. 正語 - 正しく語り。
  4. 正行 - 正しく行為し。
  5. 正命 - 正しく生活し。
  6. 正精進 - 正しく努力し。
  7. 正念 - 正しく念じ。
  8. 正定 - 正しく心を定める。 
 
要は、正しい生活をして(因)、良い出会い(縁)が沢山出来、人生苦が消滅(果)して、幸せ(報)になる。
これ、法華経の極意(神髄)です。

2025年4月18日金曜日

六波羅蜜(ろくはらみつ)

 

六波羅蜜の波羅蜜は、梵語でパーラミータのことで、到彼岸ことです。また、彼岸とは、ずばり真理を悟った境地のことです。
つまり、六波羅蜜とは、悟りに到るための六通りの修行のことです。 

 

  1. 布施 - 精神的、物質的、肉体的にあらゆる面から人に尽くすこと。
  2. 持戒 - 謙虚に教えを守り、人格完成の努力をすること。
  3. 忍辱 - 他に対して寛容であり、どんな場合でも平静心を保つこと。
  4. 精進 - 本来の使命にむかって、人格完成の努力をすること。
  5. 禅定 - どんな事が起こっても動揺しない、平静心をえること。
  6. 智慧 - どんな場合でも、真理に沿った、正しい道を選ぶことができること。

 

お布施とは、悪徳宗教の資金源のことではありません。また、お金でなくても、人に尽くことは沢山ありますよね!

2025年4月17日木曜日

四諦

 

 

仏法には、苦しみの原因やその克服方法として、四諦と云う法門があります。

四諦の諦は、明らかにするという意味で、それが以下のように4つあります。
 
  1. 苦諦
    生、老、病、死、怨憎会苦、愛別離苦、求不得苦、五蘊盛苦(以下に補足説明)の四苦八苦を明らかにすること。
  2. 集諦
    苦の原因を見極めるとそれは皆、渇愛または貪欲にもとづくものであることを明らかにすること。
  3. 道諦
    苦を消滅させる道、『八正道』を明らかにすること。(実践すること)
  4. 滅諦
    集諦で明らかにした、渇愛または貪欲を道諦により捨て去り、苦を消滅させたことを明らかにすること。
 

補足説明

  • 怨憎会苦(おんぞうえく)恨み憎む者と会う苦しみ。
  • 愛別離苦(あいべつりく)愛する者と別れる苦しみ。
  • 求不得苦(ぐふとくく)求めているものが得られない苦しみ。
  • 五蘊盛苦(ごうんじょうく)心身を形成する以下の五つの要素から生じる苦しみ。
  1.  色(しき)は身体機能が活発や不活発であることで生じる苦しみ。
  2.  受(じゅ)は感覚器官を通して得られる快や不快から生じる苦しみ。
  3.  想(そう)は見たものについて何事かをイメージし、その理想と現実で生じる苦しみ。
  4.  行(ぎょう)は悪習慣や依存症、自己中心的な行動がもたらす苦しみ。
  5.  識(しき)は物事を認識し、その判断の難しさからくる苦しみ。

 
どうも、欲張りは、苦を呼び込むらしい・・・。

2025年4月16日水曜日

三法印 (さんぽういん)

 

 
仏法には、仏教の旗印の三法印という教えがあります。 
 
  • 諸行無常 - この世の中に現れるすべての現象は、たえず変化する。
  • 諸法無我 - この世の中のすべてのものごとは、必ずつながりがあり、孤立しているものはない。
  • 涅槃寂静 - 迷いをすっかり吹き消してしまってこそ、平穏な、生活が得られるのだ。
 
この教えで、涅槃寂静の教えが、どうも、しっくりこないのです・・・。 

諸行無常は、たえず変化するということで、「永遠の時間」の概念です。
諸法無我は、必ずつながりがあるということで、「永遠の空間」の概念です。
 
では、涅槃寂静は、この二つと同レベルなもののはずですよね・・・。
 
つまり、涅槃寂静は、「永遠の時間でも空間でもないもの」です。たぶん。
では、「永遠の時間でも空間でもないもの」って何でしょうか?
 
この世は、時間と空間で成り立っているので、そんなもん、まったく、思い付きません。
この世?・・・、あっ!、思い付いた! もしかしたら、涅槃寂静は、あの世ことではないでしょうか・・・。そして、永遠の時間と空間が畳み込まれた世界・・・。
 
まぁ、宗教素人の戯言でした・・・。トンデモ思い付き、御免!

2025年4月15日火曜日

燈明日記ブログ: 一歩先を読む・・・

燈明日記ブログ: 一歩先を読む・・・: 最近、ママが法華三部経を読み始め、付き合いで横で読んでいるのですが、ママはスムーズに読むのですが、私は、 つっかえつっかえで、すごく読み辛いですね!   なんとか、スムーズに読めないかと、思っていたら、あることに気がつきました。それは、口では目の前の文言を唱え、目では一歩先を読む...

第一義

 


以下は、仏教において第一義といい、万物の真実の姿や究極の真理を指す言葉で、すべて同じものなのです。

  • 真理
  • 無常の法
  • 法身の釈迦
  • 諸法実相

 

法華経そのものを指す場合もあります。
また、それを悟った人、又は魂を指すこともあります。

ちなみに、人間の釈迦を「応身の釈迦」といいます。

2025年4月14日月曜日

燈明日記ブログ: 英語学習の日課

燈明日記ブログ: 英語学習の日課: 今、もうすぐ70歳、64歳から英語の勉強を開始して・・・ 毎日、以下の英語学習なっています。 mikan(約4年間ほぼ毎日)(年間学習数が東京都1位になった時がある) duolingo(約3年間完全毎日)(英語学習の世界チャンピオンになった時がある)   最近、英検3級の勉強と英...

働くことの意味とは?

働くことの意味がわかる本
 
働くことに関する本の記事が旧燈明日記にあったので、こちらにも掲載しておきます。
なぜかと云うと、内容が法華経ではないかと思えるぐらいの感じなので・・・


働くことは、「自分はここに生きて、存在している」という事実を、自分に対して、そして周囲の人々や世の中に対して、はっきりと証明する行為なのです。そして、職場とは、さまざまな試練を通じて、自分を成長させるため、大チャンスなのですから。とにかく、リストラのことなど気にせずに、また子供のためにでもなく、自分の成長のために…働くんだと!

 

大事なので、もう一度書きますね『自分の成長のために働くんだと!』


  • 仕事での失敗とは、実は、失うことではなく、失敗という学びを得ることである。
  • 仕事での嫌な事は、実は、自分を成長させてもらえる、チャンスなのである。
  • 仕事での嫌な人は、実は、自分を成長させてもらえる、有り難い人なのである。


この本に書いてあった『楽しく働くための三カ条』もメモしときます。


楽しく働くための三カ条
  • 「あらゆる仕事には価値がある」と信じること
  • 「どんな仕事であれ、自分の仕事を愛そう」と決心すること
  • 「困難な仕事でも、勇気と希望を持って挑戦しよう」と決心すること

そう、「信じること」と「決心すること」が大事!

 

まさに、法華経の内容って感じでしょう! (^^;;

 

2025年4月13日日曜日

無量義経

 


無量義経とは、『数かぎりない意味を持った教えは、ただ一つの真理から出てくるのだ』という教えのお経です。

 
法華経の序品第一と同じく法華経にとってプロローグ的な役目のお経です。以下のように3品(章)から構成されています。

 

徳行品第一

仏さまの完全円満な「徳」と衆生済度の「行」を賛嘆申し上げる章です。
 

説法品第二

仏さまが「数かぎりない意味を持った教えは、ただ一つの真理(実相)から出てくるのだ」という「説法」をされる章です。
実相とは、すべてのものの真実の相であり、宇宙の大いなるいのちです。すべての存在は、大いなるいのちの現れであり、お互いに関係し合いながら大調和を保つのです。
 

十功徳品第三

仏さまが「この教えを理解実行すれは、以下のように第一から第十の精神的功徳がある」という「説法」をされる章です。

 

第一の功徳不思議の力とは、以下のような心を起こさせます。

  • 自分の考えだけで生きていると思っている者には、仏さまに生かされるという心を起こさしめ。
  • 自分の幸福だけしか考えない者には、他人を幸せにしてあげたいという心を起こさしめ。
  • 平気で殺生したり、人を苦しめる者には、人を助けたいという、すべてのものを慈しむ心を起こさしめ。
  • 嫉妬を生ずる者には、随喜の心を起こさしめ。
  • 財産や地位に執着する者には、執着を捨てる心を起こさしめ。
  • いつも欲深い者には、人に施す心を起こさしめ。
  • 自分は偉い、間違いないと奢り高ぶる者には、謙虚な心を起こさしめ。
  • すぐに腹を立てたり、人を恨む者には、何かされても耐え忍ぶ心を起こさしめ。
  • 怠けぐせのある者には、一生懸命に努力する心を起こさしめ。
  • 変化があるとすぐグラグラ心が乱れる者には、現象に惑わされない静かな安定した心を起こさしめ。
  • 目の前の出来事にすぐ愚痴をいう者には、智慧のある心を起こさしめ。
  • 人を救ってあげたいと思わないものには、人を救ってあげたいと思う心を起こさしめ。
  • 十悪を行う者には、十善の心を起こさしめ。
  • 何事も自分中心に考える者には、自然に自分中心に考えない心を起こさしめ。
  • いつも後ろ向きに考える者には、つねに前向きに考える心を起こさしめ。
  • 煩悩に基づいて行動してしまう者には、煩悩から離れる心を起こさしめ。
  • 煩悩が大変多い者には、煩悩を取り除く心を起こさしむ。

 

第二の功徳不思議の力とは、教えの一部を理解しただけでも、それが無限に展開していくことを悟り得ることができる。
 

第三の功徳不思議の力とは、自分はまだ悟っていなくても、ほかの人を救うことができる。
 

第四の功徳不思議の力とは、いつも諸仏の慈愛に手厚く護られているということが実感できる。
 

第五の功徳不思議の力とは、自分はまだ煩悩に縛られていても、大菩薩と同じような行いを実現することができる。
 

第六の功徳不思議の力とは、すべての人の人生苦を断ち切ってあげることができる。
 

第七の功徳不思議の力とは、六波羅蜜という法の宝を求めないのに、ひとりでに身についてくることができる。
 

第八の功徳不思議の力とは、この経典を敬い信じ、人々のために説いてあげることができる。
 

第九の功徳不思議の力とは、前世の業を滅し尽くすことができる。
 

第十の功徳不思議の力とは、善をすすめ悪をとどめるはかり知れないほどの大きな力を得ることができる。
 

無量義経は、法華経の序品第一で釈尊が法華経を説く前に説かれたお経です。 ですので、法華経を読誦する前に無量義経を読誦することが普通になっていますが、ストーリー的には、 無量義経も法華経もそれ自体で完結していて、わたし的には、それぞれ個別に読誦すればいいのかな・・・と思う次第です。

2025年4月12日土曜日

悩めるすべての人へ...パートⅢ

 


すべての人が幸せになるには?

まずは、パートⅠはで、以下の2つの真理を悟りました。

・すべてのモノゴトはつながりがある(空間的)。
・すべてのモノゴトはたえず変化する(時間的)。

つぎに、パートⅡはで、以下の生きる目的を悟りました。

・人類すべて幸福にする行為の実践。

そして、今回、前回の宿題の答え、パートⅢです。



[パートⅡの宿題]

”では、どうしたら自分自身と家庭を幸福にできるでしょうか?"

[宿題の答え]

例外を除いて、人間は一人では生きて行けません。
つまり、家庭では家族との人間関係があります。

人間関係が良い状態で、毎日楽しく暮らせることが幸福だと定義いたします。

では、人間関係を良い状態にするには、どうしたらいいと思いますか?

それは意外に簡単で、”ほめる”ことです。

どんな悪い人間でも、良心はもっているはずですが、周りの悪い環境で良心に気が付かないのです。

その悪い環境で、良心が生きていくうちに垢まみれになり、隠れてしまっているだけなのだと思います。

その垢まみれの良心を引き出す特効薬が”ほめる”ことです。

これは悪い人間だけではありません。妻、子供、同僚、上司、部下、...にも同じです。

とにかく、これらの人たちが、ちょっとで も、良いことをしたら、見逃さず、”ほめる”ことです。

ですから、つねにまわりを見渡し、良いことした人を発見したら、とにかく”ほめる”ことです。

 



人間関係を良くするには

つねにまわりを見渡し、ちょっとでも良いことをした”見逃さず、ほめる”こと。

これを実行すれば、人間関係はバリバリよくなります。試して見て下さい。

とにかく、ちょっとした事でも、見逃さず、ほめる。

とにかく、育児に効果抜群です。
とにかく、家庭内離婚に効果抜群です。
とにかく、いやな上司に効果抜群です。
とにかく、出来の悪い部下に効果抜群です。
とにかく、試して見て下さい。


最後に...

すべての人の良心が輝いた社会を想像してみてください。
そこは、まさしく、悩みのない、理想境です。

本シリーズ、『悩めるすべての人へ 』パートⅠ、Ⅱ、Ⅲが少しでも、お悩みの解消になれば幸いです。

2025年4月11日金曜日

悩めるすべての人へ...パートⅡ

 


「生かされている」ということ

前回のパートⅠで、”人間はもしかしたら大宇宙に生かされているのではないのか?”って述べましたが…。それって、結構、なやみに効果あります。

すべての、善いこと悪いことが自分でなくて、宇宙意志による仕業(しわざ)だと思うんです。
たとえば、家庭、会社、社会でのトラブルすべて、自分でなくて、宇宙意志による仕業だと...。
するとすごく、気が楽になりませんか。私はパートⅠを書いてからそれを実感しています。



ここで、話しを少し変えます。
人間(自分)はどうして、ここに今いるのでしょうか?(存在するのでしょうか)
大宇宙に生かされているのですから、大宇宙が必要だと思って、人間(自分)を作ってくれたんでしょう。
つまり、大宇宙から使命をうけてこの世に生まれきたはずなんです。
では、大宇宙からうけた使命ってなんでしょう。



また、話しを少し変えます。
宇宙意志は善いこと、悪いことのすべての意志です。
そして、パートⅠで以下の様にのべました。

・すべてのモノゴトはつながりがある(空間的)。

例えば、悪い行いをしたとします。
すると、すべてのモノゴトはつながりありますので、全宇宙に悪い影響を与えます。
悪い影響は、すべてのモノゴトはつながりありますので、自分に帰ってきます。
するとそこに、悩みが発生することになります。
逆に、良い行いをしたとします。すると同じように、良い影響が自分に帰ってきます。
ですので、悩みは発生しません。

宇宙意志は悪いことも含みますが、全宇宙(宇宙自身)に悪い影響をおよぼす悪い行いを好むはずはありません。
つまり、大宇宙からうけた使命とは善い行いをすることだったのです。

では、善い行いってなんでしょう。
これは、究極の悪い行いの反対を思えば、案外と簡単にわかります。
大宇宙から使命をうけてこの世に生かされてきたのですから、究極の悪い行いは、その反対の殺人、自殺、戦争でしょう。
つまり、殺人、自殺、戦争の反対は自分を含むすべての人を幸せにする行為だと思います。

人類すべて幸福にする行為の実践、これが大宇宙からうけた使命だったのです。

ちょっと、おおげさな話しになりましたが、人類すべては元をたどれば、家庭、個人です。
つまり、家庭、個人がすべて幸福になれば、人類すべて幸福になります。

今自分ができることは、自分自身と家庭を幸福にすることです。
そうすれば、悩みがなくなると思いたいです。



では、どうしたら自分自身と家庭を幸福にできるでしょうか…。
これは、つづきパートⅢにてお話ししたいと思います。
では、今回はこの辺で...。

2025年4月10日木曜日

悩めるすべての人へ...パートⅠ

 


誰にでも平等な二大真理について

いろいろな人がいて、いろいろな悩みを抱えていると思います。
最近、私は、悩みをかなり軽減する方法を見つけましたので、 本ブログへ来られた人だけに内緒でお教え致します(^o^)



それは、意外に簡単で、大宇宙を感じるコトです。
宇宙でなく大宇宙がミソです。
ものすごく大きな宇宙空間と、ものすごく長い宇宙的時間を想うのです。
すると、悩みがチッポケに思えてきます。

人間は大宇宙のチッポケな地球に生まれ、そして、人間の一生は宇宙的時間では一瞬です。
こんな人間の悩みなど、大した問題ではなく思えてきませんか…。

では、どうしたら、大宇宙を感じるコトができるでしょうか。
まず、静かな場所をみつけて、リラックスして座り、かるく目を閉じ、頭の中で、地球、太陽、銀河系等の大宇宙をイメージします。

そうすると、すべてのモノゴトには、つながりがあり(空間)、そして、たえず変化している(時間)、ということに気づきました。
そして、もしかしたら人間は、この大宇宙に”生かされている”のではないのかと...。

逆にいうと、大宇宙に生かされている人間が悩むということは、大宇宙に沿った生き方をしていないのでは?


では、大宇宙に沿った生き方とは何か?


それは、先ほど説明した以下の2つを心の底から知ることだと思います。

・すべてのモノゴトはつながりがある(空間的)
・すべてのモノゴトはたえず変化する(時間的)

各々説明致します。
 

すべてのモノゴトはつながりがある(空間的)

例えば、悪い行いをしたとします。すると、すべてのモノゴトはつながりがありますので、全宇宙に悪い影響を与えます。 悪い影響は、すべてのモノゴトはつながりありますので、自分に帰ってきます。するとそこに、悩みが発生することになります。

逆に、良い行いをしたとします。すると同じように、良い影響が自分に帰ってきます。
ですので、悩みは発生しません。


すべてのモノゴトはたえず変化する(時間的)

例えば、今現在、深刻な悩みがあったとしても、すべてのモノゴトはたえず変化しますので、長いスパンで悩みの解決策を立てると、結構時間が解決してくれたりします。

とにかく、一瞬先は闇です。悪いことよりも良いことをしましょう。

まとめ

人間誰しも、悩みはあると思います。それをどう捉えるか、どう感じるか、大宇宙と比較して、なるべく感じないようにすれば、いいのでは...。


また、できれば、悩みごとが起きないように、日頃から良い行いをしましょう。
すると、すべてのモノゴトはつながりがありますので、良い影響を受け、悩みは発生しません。


 

最近、私自身、いろいろ悩み事があり、上記を編み出しました。すると、意外に気が楽になりましたので、同じ様な人が居るのではと思い、ここに発表致しました。

すこしでも、お悩み解消のヒントになれば幸いです。

尚、『もしかしたら人間は、この大宇宙に”生かされている”のではないのか』については、『悩めるすべての人へ...パートⅡ』で、お話したいと思います・・・つづく

2025年4月9日水曜日

大乗、小乗、一乗


仏滅後に、お釈迦さまの教えが、二派(大乗、小乗)に分かれ、これを統一する法華経(一乗)が誕生しました。
 
  1. 大乗 - 大きな乗り物の意味で、沢山の人を救うということ。
  2. 小乗 - 小さな乗り物の意味で、大乗側からのさげすんだ呼び方。
  3. 一乗 - 一人の乗り物の意味でなく、一つで全ての人を乗せるということ。

 

しかし、いつの時代にも、宗教の争いがありますね。そろそろ、法華経の出番ですか・・・。

現代でも、争いをなくすための宗教で逆に争いが 起きています。

真の平和をもたらす法華経が世界宗教になることを望みます(^o^)

2025年4月8日火曜日

努力を続けていないとチャンスはつかめない!


人間には、一生のうちに何度かチャンスがめぐって来ると言われています。

 

しかし、そのチャンスは、普段から努力して実力を蓄えていないと通り過ぎてしまうそうです。つまり、実力を蓄えていないとチャンスが来たことすら気がつかないのです。

 

ですので、普段から以下の2つを意識するいいらしいです。


  • 人間の脳は、「出来る」と思うと、それを実現するために脳をフル回転させる。
  • 反対に「出来ない」と思うと、脳をフル回転させて、出来ない理由を考える。

だから、自分の夢を「出来る」と思って、脳をフル回転させ努力していけば、きっとチャンスをつかめるのです。

 

努力を続けていれば、才能などなくても、きっと夢を実現することができるのです。


がんばれ! だれにともなく・・・

2025年4月7日月曜日

無功徳

 


お経(私の場合は法華経)をあげたり、神仏へ願掛けやお願いを凡夫の私などは、よく行いますが・・・ 

 

実は、お経の功徳とは、そのようなお願いでなく、すべての現象について『有り難い』と受け止めることができるようになる……ということなのです。


その昔、中国の武帝から『仏教信仰の功徳は何か』と問われた禅宗の達磨大師は、『無功徳』と答えたそうです。そう、仏教に功徳など無いと!
 

これは、信仰をしたから願いが叶うということではなく、信仰をすることにより、すべての現象について『有り難い』と受け止めることできるようになる……ということらしいのです。


…と某小誌に書いてありました。私も、そう思います!

2025年4月6日日曜日

『悉く能く知らん』は、ことごとくよく知らないこと?

 


最近、いろいろあって、法華経をよく読誦しています。
で、気になった「よく知らん」です。
 
それは、妙法蓮華経 法師功徳品 第十九には、『xxx悉く能く知らん』というフレーズが13回で、『知らん』だけなら35回も出てきます。

・是の法華を持たん者は 香を聞いで悉く能く知らん
・無根及び非人を弁えざらん 香を聞いで悉く能く知らん
・銅器の盛れる所 香を聞いで悉く能く知らん
・波利質多樹 香を聞いで悉く能く知らん
・衆の宝華の荘厳せる 香を聞いで悉く能く知らん
・中にあって娯楽する 香を聞いで悉く能く知らん
・来往行坐臥する 香を聞いで悉く能く知らん
・周旋し遊戯する時 香を聞いで悉く能く知らん
・入禅出禅の者 香を聞いで悉く能く知らん
・初生及び退没 香を聞いで悉く能く知らん
・或は人の為に説法する 香を聞いで悉く能く知らん
・衆を愍んで説法したもう 香を聞いで悉く能く知らん
・法の如く修行する 香を聞いで悉く能く知らん

読誦していると、嫌になるほど、『知らん』『知らん』と連呼になり、そんなに知らないのかと思えてきて・・・。


実は、法華経に出てくる『知らん』は、現代語では『知るだろう』という意味になるのです!
 
 
つまり、『知らん』ということは、これから『知るだろう』ということなのですね。


ということで、漢文『悉能知』の訓読み『悉く能く知らん』は、現代語では『ことごとくよく知るだろう』です!

2025年4月5日土曜日

声聞、縁覚、菩薩

 


声聞、縁覚、菩薩は、修行者のことで、以下の修行の仕方で呼び名が分けられています。
  1. 声聞 - 仏の教えを学ぶことで、煩悩から離れようとして修行する人。
  2. 縁覚 - 仏の教えを自らの体験で、煩悩から離れようとして修行する人。
  3. 菩薩 - 仏の教えを沢山の人に広め、煩悩から離れようとして修行する人。
たぶん、修行のレベル的には、声聞<縁覚<菩薩の順番ですか・・・。

2025年4月4日金曜日

真理とは?

 


普通、『真理』とは、いつでも、どこでも変わりのない法則が真理です。 

仏教では、その真理を『』とも呼び。真理に合うとは、大調和のある世界を創造する一因をなすことが、 真理に合ったということなのです。たぶん。

最敬礼

 


2007/5頃に京王線で調布駅から分倍河原駅に通っていた時に遭遇したことを、旧燈明日記に書いた記事なんだけど、凄く印象に残っていたので、法華経ブログでも掲載することにしました。

 

朝通勤で、いつもちょっとうるさく、悪ぶった野球部の高校生の少年がいました。
その少年は、東府中で降りるのですが、話に夢中になっていたのか、ドアが閉まる寸前に飛び降りました。
あせって降りたので、野球帽を車内に忘れてしまったのです。


すると、20才ぐらいの青年がその帽子を見つけましたが、タイミング的にその子に渡すには無理かと思われました。
しかし、あと10Cmぐらいでドアが閉まるとこを目掛けて外に投げたのです。


そして、無事、帽子は少年のもとに戻りました。車内はほっとした雰囲気になりました。

 

ドアが閉まり電車が出発すると、その少年が、帽子を投げてくれた青年に向けて最敬礼をしているのです。


私はその一部始終を見ていて、なぜか、凄く感動したのでした。

 

不良っぽい少年が、最敬礼、このコントラストが感動の源泉かな・・・(^o^)

 

2025年4月3日木曜日

燈明日記ブログ: 「アイウエオ」という心

燈明日記ブログ: 「アイウエオ」という心:   前に、「 家庭のオアシスとは 」いう記事をアップしました。   子育てには、以下のオアシスが必要とのこと オアシスのオは、『おはよう』という素直な心 オアシスのアは、『ありがとう』という感謝の心 オアシスのシは、『親切』という思いやる心 オアシスのスは、『すみません』...

子供が親を育てる?


 
普通、親が子供を育てるもので・・・そうやって、子供は成長していきますね!


ところが、 先日、某教会の法座で、以下のお話しを聞きました。


実は、親が子供を育てるのではなく、子供が親を育てるのです。
法華経では願生といって、子供は、親を選んで生まれてくるそうです。
なので、子供は親にとって『お客さま』みたいなものなのです。
そう、子供を通して、親として成長していけるのです。
 
 
たしかに、子供がいるからこそ、親は頑張れますね!

子供を育てさせて頂けるお陰様で、親が成長できる・・・

逆に言えば、子供が親を育ているのですね(^^;;
 
 
また、70歳近くになると、お孫ちゃんが、グランドペアレントを育てるですか(^o^)
それにしても、可愛い・・・ (^^;;;

2025年4月2日水曜日

釈尊のいぶき:エピローグ(その20)


ここまで「釈尊のいぶき解説サマリーシリーズ」を読んで下さって、ありがとうございました。

 

まだ、読んでない方は、3月12日からこの「釈尊のいぶき解説サマリーシリーズ」が始まっております(^^;

 

「釈尊のいぶき解説サマリーシリーズ」の内容は、法華三部経(無量義経、妙法蓮華経、仏説観普賢菩薩行法経)のエキスをまとめた、立正佼成会の「経典」の解説です。

 

尚、立正佼成会については、「私と立正佼成会 」をご覧ください。

 

その経典には、法華経の最高エッセンスが散りばめられていて、これを理解して毎日読誦すれば、法華経マイスターになれると私は思います(^o^) 

 

佼成会会員の方は、毎日朝夕に経典を読誦して、本コンテンツを参考にして、法華経の最高エッセンスを掴んで、実践してみてください。

 

一般の方は、佼成会に入会するか、経典と「釈尊のいぶき」を佼成ショップで買って、毎日朝夕に経典を読誦して、同じく法華経の最高エッセンスを掴んで実践してみてください。

 

ということで、本シリーズは、ひとまず終わりにしたいと思います。ご精読ありがとうございました!!

 

「釈尊のいぶき」の購読は、以下のリンク先で

 

2025年4月1日火曜日

釈尊のいぶき:普回向・唱題・回向(その19)

 


・はじめに

立正佼成会会員がほぼほぼ朝夕に読誦する所依の『経典』は、法華三部経(無量義経、妙法蓮華経、仏説観普賢菩薩行法経)のエキスをまとめたものです。それを分かりやすく解説した本が「釈尊のいぶき」です。本コンテンツは、その「釈尊のいぶき」の一部の解説サマリーです。

そして、本コンテンツの一番の目的は、所依の『経典』の内容理解です。

尚、本コンテンツを作成するに当たって以下のページを大変参考にさせていただきました。

https://www.kosei-kai.or.jp/official/faith/creed/creed-4-16/


・経文(普回向)(「釈尊のいぶき」での抜粋)

わくは
(あまね)ぼし
(われ)()
(みな)(とも)(じょう)ぜん

 

・訳文

たちのいといたしますところは、このをあまねくのものにおよぼし、たちすべてのが、みんなじようにしたい、ということでございます。

 

・唱題

では、「()()(みょう)(ほう)(れん)()(きょう)」のお(とな)えます。

というのは、インドの)のをそのままてはめたもので「」というです。 

」とは、してさまのんでいく、すなわち、すべてのものをかしているのなかにんでいくことです。

そして、そのえるほどにじる「ありがたい」というも、こののなかにめられています。

 

・経文(回向)

んで(たてまつ)
(あつ)むる(ところ)(もっ)
()(おん)(じつ)(じょう)(だい)(おん)(きょう)(しゅ)
(しょう)(みょう)(ほっ)()
(ふん)(じん)(さん)()

(とう)()()(さつ)



(かん)(じょう)()(しゅ)()(そん)(じん)
()(しゅ)()(そん)(じん)
()(こう)()(おん)(ほう)(しゅう)す。

わくは(しょう)(れい)
(しょう)(れい)
()(えん)()(えん)(しょ)(しょう)(れい)
(なに)(とぞ)
()()(じょう)()(だい)せしめ(たま)え。
じては、りまするよう、(ひとえ)(たてまつ)る。

 

・訳文

いまここにんでさせていただきましたえ・められたのすべてを、

宇宙大生命である()(おん)(じつ)(じょう)で、そのわれとして人類救済のために真理いてくださった大恩ある教主釈尊


法華経えの真実証明される


宇宙大生命分身であり、過去現在未来じて、こののあらゆるにおでくださる諸仏


すべての救済しようとされた四大菩薩


釈尊のお実践)のきを象徴するをはじめとする菩薩方


くの困難えて、法華経めてくださった


法華経世界信受して本会創立してくださり、菩薩し、法華経導師であられた


開祖さまののもと、人心救済教化しまず、菩薩じてご証明された


菩薩実践むようにと守護してくださる神々


こののあらゆるにいらっしゃり、びとをってくださる神々

し、そのいたします。
そして、ごさま、今日にあたる)よ、どうかたちのをおけください。   

に、をはじめ、からおげます。とぞ、であり、さまのである『』がやかにいたしますよう、たちのをごくださいませ。