2016年6月23日木曜日

法華経的人生の目的

あなたの人生の目的はなんですか?

なんて、突然言われてもこまっちゃう・・・。とか、そんなこと考えたこともない・・・、と思った人がほとんどだと思います。そこで、そんな人のために、今日、法華経の講習会で教わった、法華経的人生の目的をご紹介致します。
法華経的人生の目的
人間の本質は、仏性であることを自覚し、自分と他人を分けて自己中心に考える「我」の心を取り除きながら、いのちの大本である「一つの大きな輝くいのち」と常に一体感を味わえる境地(成仏)にまで、絶えず向上の道を歩むこと。
まぁ、こんな感じです。『いのちの大本である「一つの大きな輝くいのち」』がつっこみどころかもしれませんが、とにかく、法華経的には、すべての人は「一つの大きな輝くいのち」に生かされていると説かれています。
わかりやすく言うと、魂的には、実は全人類皆兄弟姉妹で、だからこそ、仲良く助け合って生きて、皆さん全員幸せになりましょう ってことらしい。(まだ、修行中なのではっきり言えない・・・)
で、まとめですが、ちょっとテーマが大きすぎて、まとまりませんが、次回の機会にと・・・ということで、よろしくお願い致します。

2016年6月22日水曜日

バスの時刻表

あるバス停におじいさんとおばあさんがいました。
なにやら、おじいさんは時刻表をぶっ叩いて怒っています。
『もうとっくにバスが来ている時間なのに、なんで来ないんだぁ!こんな時刻表などいるもんか!捨てちまえ!』

すると、連れ合いのおばあさんが言いました。
『おじいさんや、その時刻表がないと、バスがどれだけ遅れたかわかりませんよ・・・』

現実の社会は、このバスと同じように、決して時刻表通りにはいきません。しかし、時刻表があるからこそ遅れているのがわかるのです。
そう、お釈迦さまの教えは、バスの時刻表のようなものです。
人生は、時間通りに来ないバスのようなものだからこそ、つねに時刻表(お釈迦さまの教え)と照らし合わせて、その差を埋めるべくことに価値があるのです。
そして、その価値こそ、『生きがい』と呼べるものだと思います・・・。

2016年6月20日月曜日

神通力

まぁ、現代では超能力のことですが、お釈迦さまの時代は神通力と呼ばれていました。で、お釈迦さまをはじめ十大弟子の人達は皆、神通力の能力を持っていたとされています。
これは、凡人は、どうしたら神通力を会得できるのかと考えてしまいますが、実は、神通力を会得するのが目的でなく、仏道の修行をしていれば自然に会得してしまうものだそうです。そして、ブッダ教団の幹部は、結果的にMr.マリックのような人の集まりになりました・・・。
しかし、この幹部連中を見ていて、オレも神通力が欲しいと願っていた者がいました。そう、お釈迦さまの従弟の提婆達多です。
この人、お釈迦さまと同じように優秀な人でしたが、あらゆる面で一歩お釈迦さまに及びません。で、しだいにお釈迦さまに悪意を持つようになり、いろいろとお釈迦さまの命を狙います。神通力も十大弟子の一人をそそのかし、会得してしまいます。もともと優秀な人ですので、次第に実力者になっていきますが、もろもろの悪行がたたり、最後には生きながら地獄へ落ちたと言われています。
なんか、まとまりませんが、とりあえず、提婆達多品第十二の予告でした。

私も、仏道(法華経)を修行していますので、そろそろ神通力が欲しいなぁ・・・って言ってみるテスト。
あっ、そう言えば、スプーン曲げは出来るんですよ! Mr.マリックの真似したら出来てしまったのです。凄い!
で、まとめですが、正しい行い(修行)をしていくと自然に神通力が会得できるらしい・・・、とにかく正 しい行いです!

2016年6月19日日曜日

悩んだ人ほど、真理はすぐ傍に・・・

『とある先生』のお供で『とある人』が海外へ行きました。
『とある人』は、そこで、日本語交じりの英語で何かいろいろ回りの外人さんに話し掛けている日本人を見かけました。どうやら海外で迷子なって凄く動転している模様です。迷子の人は、『ある人』が日本人あるとすぐわかったので、地獄で仏のごとく、助けを求めてきました。
で、手がかりは、Sの付く看板があるホテルに泊まっているとのことで、さっそく、Sの付く看板があるホテルを探しましたが、これだけの手がかりでは、まったく、分かりません。そこで、地図でSの付くホテル探しをしていたらシルトンホテルがあり、それを発音すると『おー、その名前のホテルだ!』と迷子の人は言いました。
そして、なんとそのシルトンホテルは、今立って居る斜め後ろのビルではありませんか!
悩みに悩んで、探しに探していたら、いつの間にか探していたホテルのすぐ前に居たのです。しかし、居ても気づかずに・・・。

このことを『とある人』は、『とある先生』に報告すると、『とある先生』は、以下のようにおっしゃいました。
『人助けが出来てよかったですね。悩みに悩んだ人ほど・・・真理のすぐ傍にいるものです・・・。』

2016年6月17日金曜日

法華経を一言で言うと・・・

法華経の大家である庭野日敬氏は、あるインタビューで『法華経を一言で言うと何でしょう?』と聞かれました。 法華経を知り尽くし、実践尽くした庭野日敬氏は、さて、なんて答えたでしょうか・・・。
興味深々ですね! で、いろいろ想像してみてください。『六波羅蜜』『縁起観』『四諦』『十如是』・・・。

お待たせしました。答えです。
『法華経を一言で言うと何でしょう?』とインタビューされた庭野日敬氏は・・・。
『良いご縁を作ることです。』とお答えになりました。さすが、庭野日敬氏。
いや~、まさに法華経を一言で言ってのけました。
さぁ、皆さ~ん、良いご縁を作りましょう! ・・・ということで、まとめとします(合掌)。

2016年6月16日木曜日

わかりやすい法華経

『進んで良いことを行う。』すなわち、これ法華経なり。
今日、ある人から教わった、わかりやすい法華経です。
正しい事を実践して、良い縁をつくり、自他共に幸せになる。

2016年6月15日水曜日

一切皆苦

もっと、いい生活を送りたいとか、いいパソコンが欲しいとか、次男に来年大学に受かってほしいとか、三男が大学に受かるまで(後4年)はリストラされないとか、つい苦しくて神仏に手を合わせて祈ってしまいます。

しかし、釈尊の教えは『一切皆苦』と説かれているのです。すべては苦しみなのだと・・・。
なので、神仏にいくら手を合わせても、実は『一切皆苦』は、変わらないのです。

では、なぜ昔から神仏に手を合わせるのかというと・・・。
それは、今ここに、神仏によって生かされていることへの感謝の気持ちを表す行為なのです。
たとえば・・・
  • 毎朝、目が覚めて、息をしていた。あぁ有り難い。
  • 病気もせず、リストラもされず、今日も会社に行ける。あぁ有り難い。
  • ぼろノートパソコンだけど、こうやってブログを更新できる。あぁ有り難い。
  • ランキングで一時3位まで行ったけど、20位以下になってしまった。でもランキングに参加できるだけで有り難い。
  • 長男はいつ寝ているのかわからないけど、とりあえず生きている。あぁ有り難い。
  • 次男は受験勉強を全然していないけど、明るさだけは失っていない。あぁ有り難い。
  • 三男は三鷹大会を制してから毎日バスケットの練習に夢中で、本当は体にちょっと心配があるのだけれど、今のところ大丈夫そう。あぁ有り難い。
というように、祈りは、神仏にお願いをするのではなく、今あることへの感謝の気持ちを表す行為なのです。

で、本ブログでなにが言いたかったかというと・・・。
神仏にいくらお願いをしても『一切皆苦』はなくならず、今ここに生かされてるという奇跡に気づくと、なぜか苦しみがなくなったような気がして、頑張れる気がしてくるのです。