2024年12月5日木曜日

今の中に見つけるもの・・・

 


昔、旧燈明日記で引用したんだけど、今、引用先がわからない…、良いメッセージなので、また引用しときます(^^;



幸せというのはどこかにあるものを追い求めて得られるのでなく、いま自分がいるその場所で見つけ出すもの、気づくものです。


問題を否定したり、直そうとするのではなく、そのままを喜ぶこと、それが「本質的な救われ」です。


何も変わったことがないのが功徳である場合が多いのです。その功徳を感じとるのが、真の信仰者というものです。

 

仕事での一日3回の警備巡回も、何もないことは、まさに功徳です(^o^)

仕事をちゃんとしてんのかって、声が聞こえて来ましたが・・・


 

2024年12月4日水曜日

法華経は百パーセント救われる?



昔、旧燈明日記で引用したんだけど、今、引用先がわからない…、良いメッセージなので、また引用しときます(^^;

 

 

仏教の基本は「世の中のすべてのものごとは、『因』と『縁』の出合いによって存在する」という縁起の教えです。

 

法華経は、これを一歩進めて「常にまわりの人をよい因・よい縁と見る」という「善因善果」で、すべての人が百パーセント救われるという縁起観なのです。


「法華経ですべての人が百パーセント救われる」というのは、出合うことすべてを幸せの因と見ることで、人は皆幸せになるために生まれてきていると信じること。

 

「〜信じること。」って、あんた・・・(^^;;

2024年12月3日火曜日

理性の宗教と感情の宗教



世の中には、実に沢山の宗教があります。

どの宗教も、幸せになることが目的の一つだと思います。
しかし、宗教がもとで争いが起こることもありますね。


争いの宗教は、『感情の宗教』なのです。
『感情の宗教』には、2つの欠陥があります。


それは、感情である『これは好き』、『これは嫌い』、という2つの欠陥です。

  • 『これは好き』が高ずると、他の宗教を排除し、争いが起きるのです。
  • 『これは嫌い』が高ずると、他をきらい過ぎて、争いが起こるのです。

では、『理性の宗教』とは、どういうものでしょうか?


ハイ、それは、仏教です。


仏教は、感情的にこれを拝めとか信ぜよとか教えられたものではありません。
仏教は、因果の法則を説かれたもので、誰でも理性で理解ができるものなのです。


そう、仏教は

  • 良いことをすれば、良い縁にふれて、良い結果になり、良い報いが来る
  • 悪いことをすれば、悪い縁にふれて、悪い結果になり、悪い報いが来る


です!


しかし、一神教は争いばかりですね…

一神教の各々が、それぞれ絶対的に正しいと思っているから他を許せず争いになる。


世界を救えるのは、やはり、仏教しかないですね…(^o^)

2024年12月2日月曜日

仲良くするのは難しい

 


人には、相性というものがあります。

 

普通、結婚は相性の良い人とするものです。
しかし、実際は、相性が良いと単に勘違いした、あるいは、騙されたケースが多いようですね。


ですので、結婚生活をつづけていると、『無性に腹が立つ』ことがありますね(たぶん相手も同様でしょう・・・)。
これは、感情なので理性では、なかなか抑えきれません。


しかし、そこをなんとか乗り越えるところが、宗教を行ずる信仰者ではないでしょうか・・・。


法華経では、お釈迦様が、自分を何度も殺そうとしたダイバダッタでさえも、良い友達としているのです。
 

逆にいうと、自分にとって都合が悪い相手ほど自分を成長させてくださる有り難い友としてみるのが仏教(法華経)なのですね。


ちなみに、『無性に腹が立つ』の無性は、仏性がない状態のことらしい。

仏性のないもの。悟りを開く素質のないもの

https://dictionary.goo.ne.jp/word/%E7%84%A1%E6%80%A7_%28%E3%82%80%E3%81%97%E3%82%87%E3%81%86%29/

 

すべての人には仏性があるはずなのに、「怒り」や「絶望」は仏性を覆い隠すのですね。
だから、逆の「喜び」や「希望」をいつでももてる自分になりたいですね!

 

 

2024年12月1日日曜日

信仰は お豆腐のように

 


今年も、早いもので、もう12月ですね。

今日は、とあるところで、法話を聞いて来ました。

その法話で、心に残ったものがありました。

それと同じものが、ネットにありましたので、引用しときます。


信仰は お豆腐のようになることです。
豆腐は煮られてもよし
焼かれてもよし 揚げられてもよし
生で冷奴で ご飯の菜によし
湯豆腐で一杯 酒のさかなによし
柔らかくて 老人 病人の お気に入り
子供や 若い者からも 好かれる
男によし 女によし
貧乏人によし 金持ちによし
平民的であって 気品もあり
上流へも好かれる
行儀よく切って 吸い物となり
精進料理によし
握りつぶして味噌汁の身となり
家庭料理に向く
四時 春夏秋冬 いつでも使われ
安価であって ご馳走の一つに数えられ
山間に都会に…….何処でも歓迎せられる

味がないようで 味があり
平凡に見えて 非凡。

https://woo-site.com/article300/2/

 

煮られてもよし、焼かれてもよし、揚げられてもよし、生でよし
味がないようで味があり、平凡に見えて非凡

私も、豆腐のようになりたい(^o^)

2024年11月30日土曜日

出会いが人生を変える

 


たとえば、よく仕事で厳しいことを言ってくる人がいます。

 

その人を「この人さえいなければ」と否定的に見るか、「苦言は、足りない私を向上させるため」と肯定的みるか、またまた「器を大きくさせていただける、ありがたいご縁」と感謝の心で見るかによって、出会いは大きく変化します。

 

つまり、「仕事で厳しいことを言ってくる人」という一つの現象に対して、以下の三つの見方があったわけです。

 

  1. 否定的「この人さえいなければ」
  2. 肯定的「苦言は、足りない私を向上させるため」
  3. 感謝的「器を大きくさせていただける、ありがたいご縁」

 

そして、否定的より肯定的、肯定的より感謝的に見ることにより、仕事スキルが上がり、精神的にも成長ができ、自分が変わり、自分が変われば世界が変わるのです。

 

また、「あいさつ」は人間関係を円滑にする基本の一つです。いまを大切に生きることで、未来が拓くのですから、どんな人にも変わることなく、あいさつをする。

 

相手を否定的に見ないで、こちらが一つのことを貫いていけば、人間関係は必ず変化していくのです。


どんな出会いも感謝的に受け取り、どんな人にもあいさつを貫いていけば、出会いが人生を変えるのです。たぶん。

 

2024年11月29日金曜日

「お経を読む」ということ


 

最近、法華経ブログを再開し始めて、サボりにサボっていた法華経読誦も再開で…(^^;
 

「お経を読む」ということは、どういうことかというと・・・。まず、仏教とは、ずばり「因縁果報」の教えです。

 

平たく云うと、以下の2つです。

  • 良いことをすれば、良い縁にふれて、良い結果が出て、良い報いが来る
  • 悪いことをすれば、悪い縁にふれて、悪い結果が出て、悪い報いが来る

で、お経には、良いことが沢山書かれています。 

 

読み始めのうちは、チンプンカンプンですが、毎日毎日読誦したり、ネットや本で分からない語句を調べたりして、徐々にお経の内容が理解でき、良いことが沢山書かれていると、わかるようになるのです。


つまり、「お経を読む」ということは、良いことが書かれているお経を読むわけですから、良いことなのです。
すると、良い縁にふれたときに、良い結果が出て、良い報いが来ることになるのです。


だから、「お経を読む」と良い報いが来て、幸せになることができるのです(^o^)

2024年11月28日木曜日

いのちの尊さ実感

 

自分が生まれてきた命の尊さを考えてみました。

たとえば、過去10代のご先祖さま1024人の内、1人欠けても自分は存在していないです。

つまり、それだけ尊い命を私たちは生きているのです!

  1. 両親で2人
  2. 両親の両親で4人
  3. 両親の両親の両親で8人
  4. 両親の両親の両親の両親で16人
  5. 両親の両親の両親の両親の両親で32人
  6. 両親の両親の両親の両親の両親の両親で64人
  7. 両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親で128人
  8. 両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親で256人
  9. 両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親で512人
  10. 両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親の両親で1024人

と思ったら、以下は超桁違いに、尊い命を私たちは生きているのですね!!

自分のいのちの尊さについて考えましたが、理屈理論で考えてみると、、、。
男性の精巣は一日に約3億5000万個の精子を作り出します。そして、10歳位から死ぬまで作られます。人生80歳と仮定すると、3億5000万(個)×365(日)×70(年)=8兆9425億(個)
女性の卵巣は1ヶ月に1個の卵子を作り出します。そして、10歳位から50歳位まで作られますので、1(個)×12(月)×40(年)=480(個)
精子×卵子=4292兆4千億(個)となります。

私ひとりのいのちは、1/4,292,400,000,000,000の確立で頂いたいのちなのですね。これを貴重と言わずして何と言ったら良いのでしょうか?

(引用先リンクなくなる)

 まぁ、法華経に出てくる数値レベルのとんでもない数値ですね(^^;;