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2009年1月12日月曜日

釈尊物語 第11話:布教釈尊(随宜説法)


雨期も過ぎ、約60人の釈尊教団は一人ずつ布教の旅に出ることになりました。
釈尊も、マガダ国へ向かいました。それは、マガダ国王と悟りを開いたら訪れると約束をしていたからです。
途中、森のなかで30人の若者に随宜説法で教化し、つぎに事火外道の三迦葉(うるびん・なだい・がや)の教団をまるごと教化して、
一挙に約1000人でマガダ国に入りました。


国王は、釈尊教団のために竹林精舎(霊鷲山の近く)を建立し、釈尊教団はとどまって修行の道場としたのです。
その後、阿説示が智慧者舎利弗を導き、舎利弗は友達の神通力目連と一緒に入団。
また、拈華微笑摩訶迦葉も釈尊が迎えるまま入団。
そして、ここに三大弟子が加わり、最強の教団が誕生したのでありました。


尚、随宜(ずいぎ)説法とは、相手にふさわしい適切な指導の手段(方便)で、その場その場で、随時よろしく、説法・教化することで。また、拈華微笑(ねんげみしょう)とは、釈尊と摩訶迦葉のとある有名なエピソードなのですが、今回は割愛、将来コンテンツに加えるつもりです。


その後、カピラバスト国へ帰郷したり、コーサラ国に祇園精舎を建立したりして、教団は益々大きくなっていきました。
釈尊の一族からも沢山の出家者が出ました。
阿難(従弟)、羅ご羅(実子)、阿那律(従兄)、耶輸陀羅比丘尼(妻)、摩訶波闍波提比丘尼(継母)、難陀(異母弟)、提婆達多(阿難の兄)。
中でも、提婆達多は、釈尊の永遠のライバルで・・・、つづく。

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