前に「 一番の供養 」は書きました。
今回は「続・一番の供養」 です。
愛している人がある日突然亡くなることは、大変悲しく辛いことです。
悲しすぎて、辛すぎて、それをすぐには受け入れることはできません。
もう、その日から時間は止まってしまいます。
でも、何もしないで、悲しんでばかりいては、天国で亡くなった人が心配してしまいます。
亡くなった人を心配させないで、安心させてあげなければなりません。
なんとか、時間を動かさないとなりません。
そのためには、一生懸命に生きて、亡くなった人の分まで一生懸命に生きて、安心してもらいましょう!
亡くなった人の供養は、お経をあげることだけではありません。
一番の供養は、亡くなった人に安心してもらえるように、自分がしっかりと生き抜くことにある…と思うのです。
もう、時間は動きはじめましたか?
最後に例のお言葉です。
あなたが乗り越えられないような苦労を、神仏はけっして与えられません。 それは、あなたがそれに耐えて成長していける人だから与えられる試練です。 いつの日か「あのときの悲しみ、あのときの苦しみのお陰で、いまの私がある」 と思えるときが必ずくるものです。 By 庭野日敬
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