2025年3月31日月曜日

釈尊のいぶき:仏説観普賢菩薩行法経(その18)


・はじめに

立正佼成会会員がほぼほぼ朝夕に読誦する所依の『経典』は、法華三部経(無量義経、妙法蓮華経、仏説観普賢菩薩行法経)のエキスをまとめたものです。それを分かりやすく解説した本が「釈尊のいぶき」です。本コンテンツは、その「釈尊のいぶき」の一部の解説サマリーです。

そして、本コンテンツの一番の目的は、所依の『経典』の内容理解です。

尚、本コンテンツを作成するに当たって以下のページを大変参考にさせていただきました。

https://www.kosei-kai.or.jp/official/faith/creed/creed-4-15/


・経文(「釈尊のいぶき」での抜粋)

()(げん)(こん)あって。

(ごう)(しょう)(まなこ)()(じょう)ならば。

(ただ)(まさ)し。

すべし。

れを(まなこ)して。

くすとく。

()(こん)(らん)(しょう)いて。

()(らん)す。

れに()って(おう)(しん)すこと。 

()(おろか)なる(おん)(こう)し。

(まさ)し。

()(そう)ずべし。

くして。

()をもってかん。

(しょ)(こう)して。

(ぜん)ってす。

(かく) 

(ぜん)(したが)って(しょ)(じん)ず。

(じゅ)し。

(にょ)(じっ)(さい)ぜば。

れて。

(また)(しょう)ぜじ。

の。 

(あっ)()(ごう)す。

調せんとせば。

めてし。

(しん)(じゃく)()(おも)うて。

(おもい)なかるべし。

(しん)(こん)(おん)(こう)(ごと)くにして。

(しばら)くも(とど)まるあることなし。

せんとせば。

めてし。

(だい)(かく)(しん)

(しょ)(じょう)じたてまつるべし。

()

(したが)ってずるがし。

()()して。

にして(さわ)()なし。

して。

(じん)(ろう)れ。

し。 

にして(こころ)(たん)(ぱく)ならんとせば。

して。

ずべし。

(しょう)(ほう)便(べん)は。

うに()って()

(かく)()(ろっ)(ぽう)を。

けてとす。

(ごう)(しょう)(かい)は。

よりず。

せんとせば。

(たん)()してえ。

(しゅ)(ざい)(そう)()し。

()(にち)()す。

(ゆえ)()(しん)に。

すべし。


・訳文

もし、のもののっていたとづいたならば、えをし、)ということにをそわせることがです。

これが(まなこ)であり、のよくないないを()くすです。

また、いがあるがゆえに、ものごとをしくくことができないと、じさせるとなります。

ったをすれば、ったえをこし、あたかものみによってのように、あられもないことをしてしまうのです。

ですから、えをし、すべてのものごとは「(くう)」であり、した(すがた)はないことをしっかりとじ、すべてのつめることをがけなければなりません。

そうすれば、せつけず、すべてのものごとがしくってくるようになるでしょう。

 さのみにすれば、そのによってさまざまなまちがったこし、そのいのためにいろいろな(ちり)が生じます。

そのときにじるならば、にもろもろのかられることができ、じことをくりすことはないでしょう。 

は、しいなど、をつくるもとです。

しいりたいとうならば、ないをし、びとのというものにいをこらし、からけへだてをするててしまわなければなりません。

 というものは、からのように、しばらくもじっとしていません。

もしそのいたをおさえ、しいれようとうならば、つとめてえをし、天地ったであり((だい)(かく)(しん))、(そな)え()、ものをも(おそ)れはばかることなくく(()())、(わざ)(こころ)にありありとかべることがです。 

きは、まるでばされるように、によっていかようにもします。

そのなかには(こころ))ののわがままなれまわっています。

このったしてにいたいとうならば、して)をじなければなりません。

させる(すぐ)れたは、このようにえによって、うことからまれてくるのです。

いまいたつのえもそのであって、これらはきをしくしてきわめるようになるにほかならないのです。

すなわち、ないのち((ごう)(しょう))はみな、ありもしないことをあるとからこるのです。

もししようとうならば、かにってじることです。

もろもろのというものは、ちょうど(しも)(つゆ)のようなのあらわれにぎず、えば、たちまちしてしまうのです。

ですから、ひたすらうことによって、めなければなりません。

 

 ・補足

()(こん)(しょ)(こう)(じゃく)して

のすべての()(こん)させています。したがってこのは、るように、さのみをすることをしています。
 

(ぜん)(したが)って

(ぜん)」とは、などがにしみんでれないように、ものごとにするします。
 

(そく)(おこ)

(そく)」とはのことです。
 

(ほう)(しん)(じゃく)()

(しん)」は、「(じゃく)」はというですから、)ということです。にあてはめると、すべてのは「らのいのちのとする」というにおいてであるということになります。
 

(しゃく)(ぶく)

にそれてしまったしいれることです。
 

(ろく)(ぞく)

(こころ))のして(ろっ)(こん))が、それぞれのおもむくままにいていることをしています。
 

です。そこで、さまとじようなたいとずることが、であるというのです。


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